神々たちの頂上決戦とその先の危機 ツール・ド・フランス2025 勝手にプレビュー

タデイ・ポガチャルがパリのシャンゼリゼ大通りで黄色いジャージーを纏うならば、すなわち2010年代のツール・ド・フランスを席巻したクリス・フルームに並ぶ4勝目を手にしたことになる。フルームはその後の大けがで5勝目は手に入れられなかったが、ポガチャルは4勝目、そして5勝目に手を伸ばせるだろうか。おそらく、Yesだ。

本稿は文章ばかり1万2千文字もあるのでお気を付けください。出場選手は6月27日時点で出場予想されているものを中心に挙げました。開幕までに記載選手が選考外になった場合は修正します。

総合優勝へ たった二つの不安

今年のツール・ド・フランスは少なくとも4勝目を手に入れるには好都合のプロファイル。「目下の」不安はわずか二つしかない。

一つは前哨戦のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネでポガチャル(UAEチームエミレーツXRG)が思わぬ失速をしたこと。17.4kmの短いレースでレムコ・エヴェネプール(スーダル・クイックステップ)に48秒、ヨナス・ヴィンゲゴー(ヴィスマ・リースアバイク)に28秒の差を付けられた。この差はそのまま今大会第5ステージにある平坦の個人タイムトライアル(33km)に反映される可能性がある。すなわち、エヴェネプールに1分半、ヴィンゲゴーに50秒を与えるのは織り込まないといけない。

もう一つの不安は、ライバルがポガチャルの走りに慣れてきたことだ。さきのドーフィネ第6ステージでポガチャルはヴィンゲゴーに1分の差を付けたが、クイーンステージ(大会中の最難関ステージ)となった第7ステージでは14秒しかギャップを稼げなかった。ポガチャルのアタックにヴィンゲゴーは過剰な反応は示さず、淡々と登坂をこなしたのが良かったのだろう。冷静に振る舞ったほうがいいというライバルたちの対応力は、きっと今大会もポガチャルを少しは苦しめる。

いくつかの不安が、ライバルたちのリードになるかというとそうではない。もちろんヴィンゲゴーとは3週間を通じて良い勝負をするだろうし、1週目に関してはエヴェネプールが総合首位に立っているはずだ。それでもポガチャルが最後まで後塵を拝するとは思えない。クリテリウム・ドゥ・ドーフィネの第7ステージでもヴィンゲゴーはポガチャルより前に出ることはできなかったのだから、やはり差ははっきりしている。

大きなトラブルでもない限り、今大会の総合優勝はタデイ・ポガチャルになる。2位はヨナス・ヴィンゲゴー、3位はドーフィネ総合3位のフロリアン・リポビッツ(レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ)を予想する。エヴェネプールは安定感の持続がやはりネガティブな要素だ。

ポイント賞はマチュー向き?

ポイント賞ジャージー、マイヨ・ヴェールをめぐる争いはより面白いものになりそうだ。スプリンターが獲得しやすいジャージーながら、今大会は大集団スプリントに持ち込まれそうなフルフラットなステージよりも、アップダウンをこなしながらのスプリントになる微妙なステージが多い。山岳ステージ以外は春のワンデーレースのようなレイアウトが続き、ピュアスプリンターよりも、ワンデーレースを得意とする選手に有利だ。

そうなると候補はワウト・ファンアールト(ヴィスマ・リースアバイク)、マチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)などが筆頭になり、場合によってはかつてのペーター・サガンのように区間勝利がなくともポイント賞を獲得するというようなこともできるだろう。中間スプリントポイントで上位に入り、他のスプリンターが遅れるようなステージでも上位で粘ってゴールできれば、ポイントは貯まっていく。

逆にヤスパー・フィリプセン(アルペシン・ドゥクーニンク)、ティム・メルリール(スーダル・クイックステップ)、ビニヤム・ギルマイ(アンテルマルシェ・ワンティ)は勝てる時に確実に勝つ必要がある。難しい戦いになりそうだ。

山岳賞はもっと予想が難しい。昨年はリチャル・カラパス(EFエデュケーション・イージーポスト)が3週目をほぼ毎日逃げて山岳ポイントを上積みし、2022年のブエルタ・ア・エスパーニャに続く山岳賞に袖を通した。今年も山岳賞の取り方を知るカラパスは有力候補。しかし、昨年はポガチャルが他を圧倒し、総合優勝“争い”が起きなかったのが味方したとも言える。総合上位で僅差の争いが山岳コースで起きれば、結果的に総合優勝者が山岳賞ジャージーたるマイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ(白地に赤水玉のジャージー)を着てしまうことになる。今年は後者の可能性もあり得る。

各賞予想は次の通り。

総合優勝
タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツXRG)

ポイント賞
マチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)

山岳賞
リチャル・カラパス ※不出場
➡(候補)タデイ・ポガチャル

ヤングライダー賞
フロリアン・リポビッツ(レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ)

チーム総合
ヴィスマ・リースアバイク

では、ここからは各ステージの展開予想と区間勝利予想、そして見どころを簡単に紹介していく。

グランデパール:嘆きのスプリント

第1ステージ(7月5日)
ルート:リール→リール
分類:平坦
区間優勝予想:ヤスパー・フィリプセン(アルペシン・ドゥクーニンク)

ベルギー国境に近いフランス北端のリールで今年のツール・ド・フランスは開幕を迎えた。オープニングレースはリールをスタートして、ランス、ベテューヌ、アズブルックなどを巡ってリールに戻る。途中に難易度の低い4級山岳が3カ所あるだけの典型的な開幕戦だ。逃げ集団に乗った選手が最初の山岳賞ジャージーを手に入れ(最大でもわずか3ポイント!)、最後に待つバンチ(集団)スプリントを制したスプリンターがまずは総合とポイントで首位に立つ。リールは、石畳のワンデーレースとして知られるパリ〜ルーべのゴール地ルーべを含む都市圏の中心に位置する。いかにも重量級スプリンターが活躍しそうな場所だ。

第2ステージ(7月6日)
ルート:ローウィンプランク→ブローニュ=シュル=メール
分類:丘陵
区間優勝予想:マチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)

ローウィンプランクという小さな集落を出発し、今日は一路、西へ。ドーバー海峡に面するブローニュ=シュル=メールを目指す。とにかくカーブとアップダウンの多いステージだ。まるで「アムステル・ゴールドレース」のよう。海峡が見える最終盤にも3級山岳、3級山岳、4級山岳とコブが連続し、最後も約1キロのカテゴリーの付かない登坂がある。ピュアスプリンター向きではない。勝負権はまさにアムステル・ゴールドレースを制するような選手にある。序盤に通過するパ・ド・カレー県の県都アラスはフランドル風の建物と美しい広場があり、終着地の港湾都市も城塞や聖堂が美観をなす。

第3ステージ(7月7日)
ルート:バランシエンヌ→ダンケルク
分類:平坦
区間優勝予想:ティム・メルリール(スーダル・クイックステップ)

リール周辺での開幕3戦のラストを飾るのが、ダンケルクを目指すスプリントステージだ。昨日とは打って変わって「ど」が付くほどの平坦。途中に一つだけ4級山岳があるが大きな問題はなく、中盤以降はコース自体も直線基調で、スプリンターを擁するチームは激しく位置取りをする。落車だけは気をつけたいが、迫力のある大集団スプリントになるだろう。当地はロードレースファンには「ダンケルク4日間」という5~6日間のレースで知られ(深くは追求してはならない)、歴史ではやはり第二次世界大戦でドイツ軍に追われた英仏の撤退作戦の舞台で有名だ。そもそもダンケルクとは「砂丘の教会」という意味。ドーバー海峡沿いには白い砂浜が広がっている。

1週目:長い1週目、潜む思惑

第4ステージ(7月8日)
ルート:アミアン→ルーアン
分類:丘陵
区間優勝予想:タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツXRG)

ある意味でフランスのようなレースだ。日差しを浴びる今日の前半は気だるく、後半はせわしない。ただただ田園を走るだけのステージは、残り73.6km地点で針路を北に傾けると様相が一変。5カ所の登坂、何度もの切り返しを経て、セーヌ川の河港都市に至る。終着地のルーアンはジャンヌ・ダルクが火あぶりになった場所としても知られるが、今は学生が多く、地下を走る路面電車が生活の一翼を担う。“悲劇のヒロイン”の終焉の地で、誰が現代のヒーローになるだろうか。涼しい顔で他の全てに悲劇をもたらしていくポガチャルにとっては都合のいいレイアウトにみえる。マチュー・ファンデルプールやレムコ・エヴェネプール、ベン・ヒーリーなども彼を追いかけたい。

第5ステージ(7月9日)
ルート:カーン→カーン
分類:個人タイムトライアル
区間優勝予想:レムコ・エヴェネプール(スーダル・クイックステップ)

カーンもしくはカンと読むフランス北西部の都市を発着する33kmの個人タイムトライアルが用意された。前哨戦のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネの成績を踏まえると、レムコ・エヴェネプールに圧倒的に有利なレイアウトだ。タイムトライアルスペシャリストのエドゥアルド・アッフィニ、フィリッポ・ガンナにももちろんチャンスはある。総合上位を争うヨナス・ヴィンゲゴー、タデイ・ポガチャル、カルロス・ロドリゲス、フロリアン・リポヴィッツなどは相互の差を気にしながらのレース運びになる。さて、当地は11世紀建立の聖堂がいくつか現存し、近年は鉱工業で栄えた。レースの大半を占める郊外は穀倉地帯だ。豊かな土地を1秒の差を削るべく、ライダーたちは死力を尽くして駆けていく。

第6ステージ(7月10日)
ルート:バイユー→ヴィール・ノルマンディー
分類:丘陵
区間優勝予想:ワウト・ファンアールト(ヴィスマ・リースアバイク)

今年は最後に坂が待つステージが多い。6日目もそうだ。バイユーを離れ、ヴィール・ノルマンディーを目指す道のりは、中盤からカテゴリーの低い丘陵が続く。ピュアスプリンターを排除できれば、ワウト・ファンアールトやマチュー・ファンデルプールが輝きやすい。ただ、スプリンターを排除する試みが丘で起こるとも断定できない。序盤は横風が吹く可能性があり、つなぎの平坦区間でも横風分断作戦に出るチームがあるだろう。残り27.2kmの3級山岳を過ぎたあと、ダテ川をせき止めた小さな小さなダムの小さなダム湖のそばを走る。空撮にも捉えられないようなダムが、今日のダムとしてタイムラインを賑わせるかどうか。景色はそんなことを言いたいくらいに単調で、寝落ちしないように気をつけたい。

第7ステージ(7月11日)
ルート:サンマロ→ミュール・ド・ブルターニュ
分類:丘陵
区間優勝予想:タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツXRG)

またかよ――。ピュアスプリンターたちのうめき声が聞こえてくる。今日も最後に三つの丘が待ち構え、ゴール地点は3級山岳の頂上。大会ディレクターのクリスチャン・プリュドムは「パンチャーたちの新たな戦いが始まる」と言ってのけるが、スタンプで押したサインに意味を見いだすのは難しい。ただ、今日ばかりは二つだけ異なるポイントがある。なんといっても最後は登坂距離2キロ、平均勾配6.9%のミュール・ド・ブルターニュ。2011年、カデル・エヴァンスは第4ステージに登場したこの坂を制して同年大会の地歩を占め、アンディ・シュレック、トマ・ヴォクレールと渡ったマイヨ・ジョーヌを第20ステージで取り返した。ここは強者に微笑む坂だ。そしてもう一つ、レース中盤(残り76.5km地点)で通過するイフィニアックがベルナール・イノーの生誕地だということは忘れてはならない。当地をイノー、エディ・メルクスに肩を並べうる選手たちが駆け抜ける。

第8ステージ(7月12日)
ルート:サン・メアン・ル・グラン→ラバル
分類:平坦
区間優勝予想:ジョナサン・ミラン(リドル・トレック)

大都市レンヌの北部を駆けていく今日は、正真正銘のスプリントステージだ。ラバル市街は少しトリッキーなレイアウトで、ラウンドアバウトでの180度ターンもあるが、真に強いスプリンターが勝者となる。そして、結果を追えば、必然的に内容が想像できるステージでもある。今日は土曜日。日本ではJリーグ、プロ野球などがナイトゲームを開催している。他に気になるスポーツがあればそれを見てもいい。連日の視聴疲れを仕事に残さないために睡眠を取ってもいいだろう。ちなみに、ラヴァルのサッカーチームは仏2部に所属し、今年を7位で終えている。古橋亨梧のレンヌは仏1部7位だった。
それにしても、なぜ土曜日に退屈なステージを用意したのか。その意味を考えると寝られないかもしれない。

第9ステージ(7月13日)
ルート:シノン→シャトールー
分類:平坦
区間優勝予想:ビニヤム・ギルマイ(アンテルマルシェ・ワンティ)

ツールが移動ステージとしての正気を取り戻したのが土日なのはなぜなのか。答え合わせは明日に取っておくとして、今日もスプリントステージだ。昨日よりも車列を組みやすいレイアウトが用意され、プロトンはハイスピードを維持してゴールのシャトールーになだれ込む。ただ、レースの大半の区間が完全なる横風となると予想され、分断のリスクを内包する。残り80キロを過ぎると、数え切れないほどの大小の湖沼があるブレンヌ地方自然公園のエリアに入っていくが、その区間のみ横風を避けられる。それでもゴールが大集団スプリントになるのは間違いない。すなわち、今日も睡魔に誘われれば、揚々と乗っかっても差し支えない。

第10ステージ(7月14日)
ルート:エヌンザ→モン・ドール
分類:山岳
区間優勝予想:ギョーム・マルタン(グルパマFDJ)

今年のツールは月曜日にもレースが組まれた。10日間も休みなしなのだから、第8、第9の両ステージが平坦だったのも仕方がない。そしてなぜ今日もレースをしなければならないのか。それは、7月14日がフランス革命記念日だから。選手には祝祭にふさわしい激しくも愉快なレースにしてもらう必要がある。主催者はいろいろな思惑を懐に入れてあふれさせ、2日間の移動ステージのあと、中央山塊を縦断する2級山岳7カ所、3級山岳1カ所の面倒なコースをこしらえた。フランス人を勝たせるために? きっとそうだ。そしてプロトンは付き合ってられないと逃げを容認する。そこまで主催者は読んでいるだろう。ジュリアン・アラフィリップ、ギョーム・マルタン、クレモン・シャンプッサンなどのフランス人トップライダーに必ず好機が訪れる。

休息日(7月15日)
トゥールーズ

2週目:注目の山岳タイムトライアル

第11ステージ(7月16日)
ルート:トゥールーズ→トゥールーズ
分類:平坦
区間優勝予想:ディラン・フルーネウェーヘン(ジェイコ・アルウラー)

フランス南部の大都市トゥールーズを大きく周回するステージで2週目が始まる。残り8キロで3級山岳があり、ピュアスプリンターには苦しいレイアウトだが、長い長い1週目をうまくこなしたライダーなら勝負できるかもしれない。このステージのリスクは登坂だけではなく、残り81.4kmの交差点で進路を変えた瞬間に、風も向きを変えることに注意がいる。苦闘を経て戻ってくるトゥールーズはレンガ造りの町並みが美しく、市街には12世紀頃の聖エティエンヌ大聖堂や聖セルナン聖堂が今に残る。そして、2週目は引退したばかりのロマン・バルデが米欧のメディアグループTNTスポーツのバイクレポーターとしてデビューする予定だ。

第12ステージ(7月17日)
ルート:オーシュ→オタカム
分類:上級山岳
区間優勝予想:ヨナス・ヴィンゲゴー(ヴィスマ・リースアバイク)

ツール・ド・フランスの本格的な山岳ステージが始まる。今年はピレネーが最初の決選の場。登坂距離11.8km、平均勾配7.3%の1級山岳コル・デュ・スロールと、登坂距離13.6km、平均勾配7.8%の超級山岳オタカムで総合優勝争いのバトルが行われる。オタカムは2022年の第18ステージに登場し、ヨナス・ヴィンゲゴーがタデイ・ポガチャルに決定的な差を付けるステージになった。落車したポガチャルを待って仕切り直したヴィンゲゴーはチームメイトと快走。1分差を付けて勝利し、総合では3分へとギャップを広げた。今年のレイアウトもチーム力がカギを握る。スロールとオタカムの間はアシストの力があるほうが有利だ。チーム戦術に勝るヴィスマ・リースアバイク勢と単騎ポガチャルの対決に持ち込まれる可能性は高い。UAEチームエミレーツXRGが悪夢を振り払うには、逃げに一人でも送り込んで“前待ち”をしておきたい。

第13ステージ(7月18日)
ルート:ルダンヴィエル→ペイラギュード
分類:個人タイムトライアル(山岳)
区間優勝予想:タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツXRG)

ペイラギュードの傾斜滑走路にゴールする山岳レイアウトの個人タイムトライアル、今大会の注目ステージがやってきた。距離10.9kmのうち8kmが登坂区間で、平均勾配は7.9%。山岳の一本勝負である。通常のレースでは2022年第17ステージでタデイ・ポガチャルが僅差でヨナス・ヴィンゲゴーに勝利し、2017年もわずかの差でロマン・バルデが微笑んだ。今大会は個人タイムトライアルだが総合上位勢にそれほど大きな差は生まれないだろう。ただ、失速すれば今日で脱落することになる。敗者が決まるステージでのミスは許されない。ちなみに、ペイラギュードの滑走路は470m。レーサーたちは公道から脇道にそれて西端から滑走路に入り、その距離を駆け上がる。すでに力を使い果たしている選手にとって、終わりが見えているのに近づかない長い長い直線路になる。

第14ステージ(7月19日)
ルート:ポー→リュション・スーパーバニエール
分類:上級山岳
区間優勝予想:リチャル・カラパス ※不出場
➡タデイ・ポガチャル

ポーカーフェイスで殴ってくるステージだ。まずは今大会の最高標高地点となる2115mの超級山岳トゥールマレー峠(登坂距離19km、平均勾配7.4%)によじ登り、2級山岳アスパン峠(5km、7.6%)、1級山岳ペイルスルド(7.1km、7.8%)を経て、超級山岳スーパーバニエールに食らいつく。最後の山は登坂距離12.4km、平均勾配7.3%。いずれの山岳もプロフィール自体に特筆する点はなく、うねうねと曲がりくねっているわけでもない。その分、調子の良い選手は差を広げ、少しでも気後れがあると瞬く間に後方へと取り残される。昨日までは敗者を決めるステージだったが、今日は勝者を絞り込むステージになる。もっとも区間勝利は逃げ集団から生まれる可能性がある。ポガチャルとヴィンゲゴーが競い合わなければ、という条件付きだが。

第15ステージ(7月20日)
ルート:ミュレ→カルカッソンヌ
分類:丘陵
区間優勝予想:マグナス・コルト(ウノXモビリティー)

プロトンは昨日の激闘を終えてトゥールーズに戻り、今日は都市圏南部のミュレをスタートする。途中に昨日を思えばそよ風でしかない2級山岳が待っているが、こういうレイアウトは総合系にもスプリンターにも向かず、逃げ切りを見越したレースになる。おそらく序盤から激しい逃げの打ち合いになる。しかし、ゴール地カルカッソンヌまで逃げ切った例は過去になく、みながプロトンに食われている。そうならば、したたかにレースを運んだ者が笑うことになり、2018年にも当地を制しているマグナス・コルトは有力候補に挙がる。城塞都市カルカッソンヌはワインの交易でも栄えてきた。濃厚な2週目の最後に杯を傾けるには最高の場所。ここで笑うには、少しばかりの経験が物を言う。

休息日(7月21日)
モンペリエ

3週目:変化を決めたツールの真骨頂

第16ステージ(7月22日)
ルート:モンペリエ→モンヴァントゥー
分類:上級山岳
区間優勝予想:フロリアン・リポヴィッツ(レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ)

地中海沿いのモンペリエが3週目のスタート地に選ばれた。今日の目的はたった一つ。超級山岳モンヴァントゥーに駆け上がること。ブエルタ・ア・エスパーニャであれば、「平坦with山頂ゴール」と表現されるプロフィールで、150キロの平坦を走ったのちに、登坂距離15.7km、平均勾配8.8%の厳しい山を極める。2013年のツール覇者となったクリス・フルームは今日とほぼ同じ様相の第15ステージで快勝し、ナイロ・キンタナやアルベルト・コンタドールとの差を広げた。今年も総合優勝争いをするクライマーたちが足を削り合うことになり、ポガチャルとヴィンゲゴーは互いをマークするだろう。少しだけ遅れているライバルの何人かは、もしかしたら先行が許される。ところで、プロトンが緊張感に満ちている中盤戦は芳醇なブドウ畑の中を走る。一般に南仏のワインは果実味が濃く、まろやかだという。レースの様相とは異なって―。

第17ステージ(7月23日)
ルート:ボレーヌ→バランス
分類:平坦
区間優勝予想:ティム・メルリール(スーダル・クイックステップ)

地中海に注ぐローヌ川のほとりを北上していくスプリンター向けのステージが組まれた。今日は何らひねくれたものはなく、素直にバランス郊外の環状道路にゴールする。今日まで残れているスプリンターが何人いるかは分からないが、ピュアスプリンターたちは今日を逃すことはできない。逃げ集団もせいぜい2分くらいしか時間を与えられないのではないか。レースが走るのは、ブドウ、麦、ヒマワリなどが植えられた大地。ヒマワリとツール・ド・フランスという絶好の組み合わせを世界に発信するべく、フランステレビジョンは奔走するだろう。また、ゴール地の近くでは空港の真横を通るので、ダイナミックな映像を映し出すかもしれない。

第18ステージ(7月24日)
ルート:ビフ→ロズ(クールシュベル)
分類:上級山岳
区間優勝予想:ヨナス・ヴィンゲゴー(ヴィスマ・リースアバイク)

獲得標高約5500メートル。アルプスに挑む今大会の最難関ステージ(クイーンステージ)だ。山岳は全て超級山岳にカテゴライズされ、グランドン峠(登坂距離21.7km、平均勾配5.1%)、マドレーヌ峠(19.2km、7.9%)を経て、ロズ峠(26.4km、6.5%)で勝者を決する。ロズ峠は初めて東側のクールシュベルというスキーリゾートを通って登っていく。Googleのストリートビューも入っていない頼りない舗装路の先にゴールがある。集団は人数を減らしながら超級山岳を一つずつこなし、最終局面ではヴィスマ・リースアバイク以外はエースだけの戦いになるだろう。おそらくここでもヴィスマは人数を残せているはずだ。残り5キロ付近からは仕掛けるポガチャル、追い上げるヴィンゲゴーの構図になる。人類最強のグランツールレーサーたちが巻き起こす火花を散らす戦いに、世界中が大興奮する。ヒマワリをあんなに探し回った制作局は安心しているに違いない。今日は選手だけを映し出せばいい。

第19ステージ(7月25日)
ルート:アルベールビル→プラーニュ
分類:上級山岳
区間優勝予想:タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツXRG)

やられたらやり返さないといけない。もし昨日の勝者がヴィンゲゴーならポガチャルが、その逆ならヴィンゲゴーが、今日は超級山岳プラーニュ(登坂距離19.1km、平均勾配7.2%)を風となって駆けている。彼らの戦いこそが2020年代のツール・ド・フランスを珠玉の名作に変えてくれる。ただ、とっておきのバトルは最後の登坂で見られるものであり、レースの前半戦は山岳賞ジャージーやチーム総合など他の賞を懸けた争いが起きる。1992年の冬季五輪開催地となったアルベールビルをスタートし、2級山岳、1級山岳、超級山岳プレ(12.6km、7.7%)、2級山岳と続く4つのカテゴリー山岳と中間スプリントポイントは総合争い以外のポイント獲得を目指した戦いになる。今日のコースはつづら折りの区間が多いのも特徴だ。プラーニュもくねくねとしている。2021年のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネで久々に登場した時はマーク・パデュンが勝利し、リッチー・ポートが2位。純然たるクライミング能力が問われるステージだ。

第20ステージ(7月26日)
ルート:ナントゥア→ポルタルリエ
分類:丘陵
区間優勝予想:ジュリアン・アラフィリップ(チューダー)

スイス国境に近く、地の利を生かして物流や軽工業が興隆するポルタルリエを目指す。ジュラ山脈の懐を走るがゆえに、終始アップダウンが続く。スプリンターはいかんともしがたく、疲れ切ったクライマーはひらひらと走るしかない。こんな日は逃げ切りの可能性が高い。では、誰が逃げ集団に乗るか。例えばプロチームに活躍の場を移したジュリアン・アラフィリップやアレクセイ・ルツェンコ、昨年のツールで何度となく逃げたヨナス・アブラハムセンなどは勢いよく飛び出せるだろう。15~20人くらいの逃げ集団が形成され、少しずつふるい落としながら小集団スプリントになるのが想定される。ゴール地や一部の都市を除けば主要産業は牧畜。のどかな風景の中を思惑の異なる二つの集団が走って行く。一つは今日の勝利を掴むために。一つはバトルを避けて疲れを癒やすために。

第21ステージ(7月27日)
ルート:マントラヴィル→パリ・シャンゼリゼ
分類:平坦
区間優勝予想:タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツXRG)

ツール・ド・フランスは己の価値が変わらないために、変わることを決断した。ツール・ド・フランス、最終日。シャンゼリゼ大通りの石畳を周回する旧来のレースに主催者は変化を加え、下町風情が残るモンマルトルの丘越えを3回、入れ込んだ。登坂距離1.1km、平均勾配5.9%のモンマルトルの坂は誰にも厳しすぎるものではないが、ここで飛び出す者がいたなら、約束されたバンチスプリント決着は葬られる。タデイ・ポガチャルとマチュー・ファンデルプールの競い合いになるミラノ~サンレモの最終区間のように。だからといってシャンゼリゼで総合系ライダーが両手を突き上げることはあるだろうか。たとえ失敗に終わったとしても、彼なら髪の毛をできるだけヘルメットから出して挑戦するであろう。それを見てみたい。
フランスを反時計回りにぐるりと巡った今大会は、最終日もドラマを描いて長い旅を終える。夕暮れ迫るシャンゼリゼ。凱旋門は一人の勝者を祝福し、走りきった全ての者には黄金色の瑞光が降り注ぐ。

余談1:コルナゴのポガチャル戦略

ところで、ポガチャルのUAEチームエミレーツXRGはバイクにイタリアの大手フレームメーカー、コルナゴの機材を使用する。機材はコースや戦略に応じて最善のものを選び、今は大きく分けて2種類を用意。一つはコルナゴの新型V5Rsで、一世代前のV4Rsに比べて12パーセント以上の軽量を達成したオールラウンドモデルだ。さらにコルナゴは空力に優れたエアロロードのY1Rsも投入。ポガチャルは平坦区間の長いスプリントレース「ミラノ~サンレモ」でY1Rsを使い、前哨戦クリテリウム・ドゥ・ドーフィネの山岳ステージではV5Rsを使った。

巷(ちまた)の評価は真っ二つに分かれており、それぞれに賛美の声も、唾棄する声もある。もっともポガチャルだから操れるバイクだという評価は的を射ていて、コルナゴはこれをフラッグシップにして中位モデルの購買層を拡大させたいのだろう。いずれにしても勝たなくては注目されない。ポガチャルが各ステージでどういう選択をするのか、じっくり観察するのも面白い。J SPORTSの中継では元オリンピアンで(メーカーとしてはライバルではあるものの)ブリヂストン所属の飯島誠さんが解説される際に特に機材の詳しい話が聞ける。それも楽しみにしたい。

余談2:ポガったあとの危機

ポガチャルは2030年までUAEと契約しているとされているが、そろそろチームがフルーム病に陥るリスクを考えないといけない。つまり、イネオス・グレナディアーズの二の舞だ。

イネオス(旧チーム・スカイ)は2010年からブラッドリー・ウィギンス、クリス・フルームという2枚看板でツールを制してきた。しかし、フルームが2019年の大けがで玉座から転落すると、同年こそエガン・ベルナルがツールを制覇したものの、それ以降は“銀河系軍団”としての地位を失った。フルームを勝たせることに特化したチームの時計の針は、止まった。

絶対的なエースがいて、彼を勝たせるためのアシストを豪華に揃えてきたチームは次のエースを育てられない。自前で育てられないと青田買いで強い若手を招き入れるしかないが、若手をプロの世界で活躍させるには育てる力がいる。悪しき堂々巡りをイネオスはやってしまった。

UAEは今年のジロ・デ・イタリアで、個人の力はありながらも、チーム戦術の引き出しがないことを露呈。逆に百戦錬磨のヴィスマ・リースアバイクはサイモン・イェーツを逆転での勝利に導いて戦術力の高さを示す。

ジロは図らずも、UAEがポガチャルを勝たせられるチームであって、他の青田買いしたエースをポディウムに乗せるノウハウをまだ持っていないことを暴露するものとなった。早急に手を打たなければ、ポスト・ポガチャル時代にイネオスと同じ道を歩んでしまうのではないか。

今年のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネではアシストたちが遅れ、ポガチャル一人で先頭集団に入る場面がしばしば見られた。これはアシストが集団を牛耳っていたフルーム時代のイネオス(スカイ)より深刻で、「ポガチャルを勝たせられるチーム」ではなく、「ポガチャルだから勝てているチーム」という印象さえも抱く。

しかし、今はチームが崩壊してもまだまだポガチャル一人で勝てる力があるのだから、ポガ様がポガっているうちに、いろいろなことにトライできるとも言える。やれることはやったほうがいい。イネオスを他山の石に、ポガチャルの背後で起きるべき中長期戦略のチャレンジにも期待したい。